阪急神戸線岡本駅・御影駅などを中心とした優良不動産物件情報掲載中!! 二藍
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6月25日(金) デンマーク戦は、勝利し、サッカーファンは大喜びですね。 今朝は、何となく静かでしたよ。 皆さん、寝不足なのかしら? 参議院選挙戦も、スタートしましたね。 でも、もう誰にいれていいか、わからない・・・ そんな気持ちになってきました・・・・ 『曲阜・・・孔子廟』 こちらも世界遺産(文化遺産)に指定されています。 孔子廟は春秋時代の中国の思想家・儒教の創始者である孔子を 祀っている霊廟です。 ここ曲阜はその総本山。 孔子廟は、各国に、もちろん日本にもあります。 6月24日(木) 『泰山から・・・・・』 玉皇頂 石碑には、1545mと表記されています。 中国には、40くらいの世界遺産があります。 泰山もその一つ(複合遺産)。 一度は訪れたかった場所です。 本当にこの山に登れて良かった・・・ 旅行をすると、ガイドさんに 「この国は何回目?」とよく聞かれます。 気持ちでは、中国の世界遺産は全部、見たいと 思っています。 ただ、中国は国土が広いのと、一つの世界遺産の規模が大きいので、 1週間くらいの旅行で周れるのはやはり、2〜3ヶ所です。 後、何年、かかるかしら? 6月20日(日) 『泰山へ・・・・』 道教の聖地で、中国五大名山の第一にランク付けされている霊山です。 古くは岱山と言い、現在の呼称になったのは春秋時代のことです。 秦代以前に72人の皇帝が泰山に登り、封禅の儀を行い、始皇帝も中国統一の 功績を天帝に報告しました。それ以来、歴代の皇帝が泰山に登るようになりまし た。 山東省中部に位置し、周囲80キロ、面積426平方キロ、主峰の玉皇頂は泰安市 の北にあり、標高は1545メートルです。 古代の建築物群が20カ所、石刻が2200カ所あり、主に紅門宮、万仙楼、闘母宮、 経石峪、中天門、竜潭ダム、中天門、五大夫松、対松山、十八盤、南天門、碧霞 祠、瞻魯台、日観峰、月観峰、後石塢、扇子崖、傲峰、長寿橘、竜潭飛瀑などの 観光スポットがあります。 麓からの階段の数は7000段とも言われています。 片道で約4〜5時間はかかるそうです。 現在は中腹まで、バスが出ていて、その後、ロープウェイを利用し 南天門までは気軽に登れるようになりました。 中天門からロープウエイで南天門まで行きます。 霧が出てきました。 ロープウェイを降りて、しばらく歩きますと、 南天門が見えてきます。 ここで、麓から階段で登ってきた人たちと合流します。 南天門から、見下ろす階段。 かなりきつそうですね。 頂上までは、まだまだ遠い。 6月17日(木) 『泰山に登る前に・・・・』 泰山に登る前には、泰廟(岱廟または東岳廟とも言います)に お参りしてからというのが、通例です。 歴代の皇帝もお参りしたそうです。 私たちも・・・・お参りしました。 泰廟は中国三大建築の一つです。 他には、孔廟・紫禁城があります。 写真は厚載門 宗天キョウ(貝兄)殿 キョウと言う字が変換できません 1009年建築。 三大宮廷式木造建築です。 中央に「東岳泰山の神」が奉ってあります。 その左右の壁画が素晴らしいのですが、写真撮影が禁止されています。 壁画は泰山の神様が出巡し、帰ってくる有様が描かれており、 壁画に描かれた人数は671人とも言われています。 弘道門(明の時代) 大中門(宗の時代) 6月13日(日) 『青島から済南・・・・泰安へ』 旅行2日目は列車で青島から済南へ。 列車は約200kmの速度で2時間半ほどかかりました。 済南は山東省の省都です。 先日、レナウンを買収した企業もここにあります。 青島駅 中国の新幹線と言われています。 顔も似てるような・・・ 速度は上海のリニアモーターよりは遅いです。 上海のリニアモーターカー 最高速度は430km。 次は隋の時代に建てられた神通寺です。 写真は四門塔 こちらは龍虎塔 崖千仏 1300年くらい前のものです。 このように崖に仏様がたくさん彫ってあります。 6月10日(木) 『中国 山東省の旅』 今回の旅行は 青島 → 済南 → 泰安(泰山) → 曲阜 → し博 → 青島 というスケジュールでした。(し博のしは 漢字で表記できません) メインはやはり「泰山」!です。 青島とは? 19世紀末、中国清朝時代、欧米列強が次々に中国を分割し植民地化を進める中、 ドイツもここ青島を租借という形にせよ支配に乗り出します。 そして全く新しいドイツ風の都市を基礎から建設しました。 中世からの美しい街並みを守るドイツ民族だけに、この青島もドイツ民族の理想と する美しい都市に築きあげました。そのため当時、青島は「東洋の小ベルリン」と 讃えられるほどでした 日本人にとって戦前を知る方なら、青島の名は懐かしい地名でもあるはずです。 第一次大戦でドイツに宣戦布告した日本は、1914年に青島を占領し、ドイツに代わって 終戦まで支配し、旧満州や上海についで約三万人の日本人が暮らした街だからです。 基督教会(1908年〜1910年) ドイツ人が建築したもので、当初はドイツ人だけしか 入れなかったそうです。 ドイツ総督官邸跡(迎賓館) 莫大な費用を投じて建設されました。 今、見てもその豪華さや気品が感じられます。 ここは照明器具も有名なのですが・・・ 写真が・・・ こんな感じで・・・ 電球は現在、スパイラル蛍光管を使用しているのが ご愛嬌でした。 ピアノはスタンウェイ・アンド・サンズ。 後ろの鏡に見えるのは、実は水晶です。 足元にこんな鳥が降りてきました カササギ?ですよね? 韓国でも中国でも、喜びの鳥、または幸せの鳥と 言われているそうです。 青島の街並み 赤い屋根と木の緑のコントラストが素敵でした。 八大開とは 1930年代に外国官僚や資産家が建てた洋館が立ち並ぶ 別荘地帯のことを言います。 写真は「花石楼」 蒋介石も泊まったことがあるとのことですが・・・ 先ほどのドイツ総督官邸と較べると・・ 注文建築と建売建築・・以上に差があります。 ここからの海の眺めは素晴らしい。 新郎新婦の写真撮影場所になっているらしいです。 シャングリラ青島(香格里拉大飯店)のロビー 旅行第1日目と最後の日に泊まりました。 スタッフの気配りには、感心しました。 カフェ・テラスへの通路 瓶がとても綺麗 こちらのレイアウトも瓶です。 真ん中はチョコレートファウンテン(ストロベリー味) ここのカフェ・テラスには、瓶、瓶、瓶 そしてお皿が 見事にレイアウトされていました。 思わず、見とれてしまいました。 6月7日(月) 『浦島太郎だった・・・・』 鳩山総理が辞任したことを知りませんでした・・・・ 5月31日に中国の青島に向かい、青島のホテルでは NHK放送をみることが出来たのですが、 6月1日〜3日まで、チーアン、泰安、曲阜を廻っているときには、 全く、NHKが見られませんでした。 「はあ〜?」という感じでしたね。 社会人として、ちょっと恥ずかしかったです。 戻りましてからは、大変、忙しく、写真の整理もできていません。 これから、少しずつ写真をUPしていきますので、 ご覧になってくださいね。 |
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